地域事業所間連携の連携を急ぎましょう。

前回の記事で、地域のケアマネさんが、急病により死亡されたことを書きました。この件について、担当していた利用者や家族さんたちへの支援継続を図るため、以下のような対応策を急がねばと考えています。

 現在、居宅介護支援も含めて、すべての介護事業所のBCP事業継続計画策定が義務付けられて、2025年4月以降は、出来ていなければ減算判定されて、経営にもマイナス評価が下されることとなります。

 とりわけ、一人ケアマネなどで、運営している小規模事業所の経営管理者は、対応策に苦慮しているところも多いのでは?と思います。普段の業務以外で、こうした運営上の計画を、マイナス査定されないように急がねばなりません。また、すでに策定されている事業所でも、毎年の研修や、各項目内容の見直しをする必要があります。

 自然災害や、感染症に対する事業継続計画にプラスして、疾病で自分やスタッフが仕事をできなくなった時にどうするか?を予め想定して、必要な対応を行う流れを作っておくことで、もし、実際に予期せぬ事態になったときの、迅速な対応が可能となります。

 こうした、ことから、私の近隣事業所に声掛けして、以下のような文言と協定を継続計画の地域連携策として文言を加えること、出来るだけ、この趣旨に賛同する地域事業所と、緊急時対応の申し合わせを、していこうと考えます。そして、最低年1回以上の、定期情報交換機会を設けることで、具体的連携が維持されるわけです。

2025/2/25

 

改めて考える、管理者兼務主任ケアマネジャー等の死亡時における、地域事業所間連携の重要性。

先週の初め、ショッキングなニュースが、入ってきた。

地域で活動していた、ケアマネ事業所の管理者が、死亡されたとのこと。

 死因は、くも膜下出血で倒れて、そのまま回復されることがなかったとのこと。

数年前に、本人が立ち上げた事業所で、現在は訪問介護も併設されていた事業所だ。

 常勤の職員は少数精鋭で、運営されており。突然の?管理者死亡は?驚きとともに、今後の運営に大きな支障をきたしている。

 地域包括支援センターにも相談し、急ぎケアプランを近隣ケアマネへ移管調整すること、各サービス事業所への連絡、利用者への連絡、その他慌ただしい引継ぎが待っている。当該事業所では、死亡した管理者の引き継ぎ交代が急な死亡のため見込めないために、事業所は閉鎖とならざるを得ないらしい。

 病死したケアマネ管理者への哀悼の意を十分味わう間もなく、年末の残務をこなしていかねばならない。予測できない、こうした事態は、小規模の事業所では、明日は我が身に起こりえる事態といえよう。

 何があっても、お世話する利用者家族に不便が起こらず、不安を与えない仕組みづくりや準備が求められる。しかし、だからと言って、すぐに小規模事業所同士が束になって連携できる条件はすぐにはない。

また、小規模だからこそ、小回りの利く、支援サービスが提供できる利点もある。問題は、管理者や、常勤スタッフにこうした突然の病気事故が発生したときに、どのような緊急対応ができるのか?可能な備えとはどのようなことか?改めて考えさせられる。

 一案として、今回のような不慮の事故が発生したときは、予め、緊急事態のサポートがすぐさま開始できる話し合いと取り決めを、近隣の関連事業所間で取り結んでいることが、出来ればと考える。

自然災害や、コロナのような伝染性の疾病が蔓延したときの対応準備は、すでに各事業所が緊急時対策として対応準備しているだろう。

今回のような、場合においても、管理者等が不在になった事業所に対して、地域の事業所が必要な手立てを引き受けられる仕組みづくりが、ぜひとも急がれると考える。

今回の事態に対しては、地域の包括支援センターが、主になって、利用者の引き継ぎ調整の役割を果たされた。しかし、民間の事業所自体が積極的な連携を普段から取っていれば、よりサポート体制は強化されるものと考える。

 自然な流れであれば、ケアマネは、担当利用者を送り出す役割を持つ立場であろうが、その逆の事態として、支援する側が病気や事故等予期せることにより、姿を消さねばならないことが起こりえる。あってはならないことではあるが、そうした事態においても、必要な地域の事業所相互の連携と相互援助が、改めて、求められていることを痛感する。

 

平和の重要性と戦争の愚かさ

ウクライナでの戦争終結がまだ来ない。

2年前、このブログに、「ウクライナに平和を!」と書いた記事を載せている。しかし、戦局は、一進一退し、多数の両軍犠牲者が出ており、これからも、止む兆しがない。ロシア軍が、さらなる動員をかけて、ウクライナの領土を進軍する姿勢を崩していない。ウクライナは、アメリカやNatoー諸国の軍事的、経済的支援なしには、この戦争に勝つことは、困難と思える。

どこかで、終戦の線引きが、引かれなければ、終わることがない国家間の戦争、そこで殺し殺されていくのは、両軍の軍隊のみならず、そこに住む市民全てが、多大な被害を被る。戦争により、いったい誰が利益を得るのか?誰のための戦争か?互いに傷つき、傷つけられて、大義名分のために、争いあうことの愚かさを、今一度心に刻んでいかねばと思う。戦争という方法を、放棄して、国家や民族等の問題解決にあたることが、必要であり、このことを、次の世代の子供たちにも、伝えていくべきだ。もう、十分に、両軍の死傷者が出ている。プーチンの言いなりにならない、ロシアの市民運動が、これから大きな潮流に育っていって欲しい。

ウクライナに平和を!

 最近の、ウクライナでの戦況を報道するニュースは、今の日本に住む我々の生活から見れば、信じられないような悲惨と破壊の現実として突き付けられています。

 かって七十数年前、太平洋戦争末期に日本の国民がそうであったように、今ウクライナの人々は戦火をくぐって、生き延びるため必死の毎日を送っているのです。

 国連や近隣諸国は、軍事侵略するロシアへの非難をすることは出来ても、止めることが出来ない。話し合いのテーブルにつかせようとしても、一旦手を挙げたプーチン率いるロシア軍は、ウクライナへの侵攻を止めようとしない現状がある。

 この戦争が長引くことで、どれだけの人たちが命を失い傷つき、自分たちが住んでいた平和な生活を失っていくことか?

 気になるのは、ロシア国内の情報が管理され、プーチン政権に反対する意見が社会的排除をされていることにある。マスメディアの殆どが、政権のプロパガンダを担う報道に塗りつぶされて、反対意見が許されない情報社会に変貌している。

 戦前の、日本の軍部がとっていた報道管制と同じでやり方です。

 これは、民主主義と正反対の強権国家における情報管理社会として、現在のロシアがすでに機能し始めていることの懸念です。

自由に反対意見が言えない社会、その時の政権・権力者に反対することが許されない社会からは、自由な対話に基づく平和はもたらすことは出来ません。

 一日も早く、ウクライナへの、ロシアの軍事侵攻を止めることを願うものですが、世界には、同じような血なまぐさい衝突になりかねない地域や問題が多く存在しています。

 果たして人間というものは、何時まで経っても、こうした争い事から逃れられない生き物なのか?

下手をすると、地球上の人間を含めた生き物の、大多数を破壊抹殺してしまう、核戦争が起こる危機が現実に迫っているのかどうか?

 改めて、平和というものを維持定着させるための、人間の知恵とコミュニケーション能力が、問われている気がします。

施設入所の隔離化を憂う。

高齢者施設内への立ち入りや、面会が厳しく規制され、入所している当事者・その家族から懸念の声が強く発信されいる。

 入所者との面接が禁止され、さながら施設という小社会の中に閉じ込められている状態は、改善されなければならない。

 リモートを使っての面接が取り入れられ、コミュニケーションの回復のために工夫を加えられている施設もあるが十分な対処法なのか?さらなる検討と配慮が求められていると思う。

 入所者側からは、精神的に孤立し、生きがいが削り取られている現状があり、施設スタッフの努力にも限界がある。本来あるべき、施設外からのコミュニケーションが危機に瀕している自覚が必要であり、単に感染症の予防という建前では、問題の解決になっていないことを知るべきであろう。

 施設外の市民社会が、一定のルール化で、その自由行動と交流が出来るように、施設の中とのコミュニケーション権利も認められる必要があり、もの言えぬ入所者の声なき声に、耳を傾ける事こそ必要と考えるのです。

 当該施設により、対応の違いがあり、面会部外者の立ち入り禁止」というやり方は、今後は改めていかねばならない。

 ケアマネジャーの場合、担当利用者が入所やショートステイで利用している際に、面談を断られている現状があるが、一律に接触を禁じる方法には大きな違和感と、異議がある。もちろん、感染予防の配慮必要性は認めるが、面会が禁じられたままそのやり方が常習化していることについては改善を講じるべきだと考える。

 面会の自由については①入所者側からの自由と権利を守る側面と②家族や支援者から入所者に合う権利と自由の2側面があり、どちらの立場からも、現状を改善する必要があると思う。①については、施設内から自由に外に出かけられる権利とその方策の具体的提示が必要。→例えば、家族友人と外出し、交流をする権利がこれにあたる。②については、家族や友人、ケアマネなどの支援者が、入所中の利用者と面会、交流をする権利とその方策がこれにあたる。

 現状では、②の家族に限定して、リモート面会が取り入れられている施設が出てきているが、個々の施設側の判断に任せられているのが現状。厚労省・保健者等・専門家等からの助言やアドバイスが今こそ求められているのではないだろうか?

 まずは、声を上げていくことと、その声の輪を大きくしていくことから、物事は動いていく。「現状を、改善していこう。このままではあかん!」

 

 

 

普通に排尿が出来ることが、これほど嬉しい事だったんだと気が付きました!(術後を振り返って)

膀胱がん治療のための入院で、1週間の治療をしてきました。

治療内容は、「経尿道的膀胱切除術」というもので、膀胱内にできている腫瘍を削り取る処置です。

 この量を受ける3週間ほど前に、血尿が出ました。今まで経験したことのない出血でしたので、痛みは伴いませんでしたが病院受診をして検査等を受け、膀胱内の腫瘍が見つかったのです。

 問題は、それが悪性のがんなのかどうか?ですが、それが判明するのは後からで、まずは腫瘍を取り去る手術を受けたのです。

 幸い、この手術は、1週間ほどで退院のめどがつくとの説明を受け、入院治療に至ったわけです。・・・実際の手術では、半身麻酔で1時間ほどで腫瘍除去をしてもらったのですが、術後数日は尿カテーテルで排尿し、出血が収まっていることを確かめてカテーテルを除去してもらい、排尿のリハビリ?となりました。そうです、最初は排尿の度に痛みもあり、頻回の排尿で大変でした。排尿される量も、膀胱内に沢山貯められないことから、2時間おきくらいにおしっこに行く生活となり、出し初めには独特の痛みがあります。排尿することが、こんなにも微妙で、覚悟がいることになるとは、今まで健常な体の時は分かりませんでした。

 幸い、術後の経過は、傷が順調に治っているようなので、自転車にものれ、生活としては普通にできてます。就労も再会できており、無理は出来ませんが、通勤を今後も続けます。定期受診をしながら、この病気と長い付き合いになりそうです。

 自分ががん患者の仲間入りになったことを、公開します。それは、人を支援する仕事を継続するうえで、自分の病状を知ってもらいながらのケアマネ業務になるからです。病状によっては、受診や治療で休んでいることが今後増えることが考えられ、そのことを利用者や事業者にも理解してもらう必要があるからです。がんになれば、すっかり社会的に仕事をリタイヤするのではなく、可能な範囲での社会的貢献をしていきたいからです。どこまで、それが可能なのか?今よりもっと病状が進んだら、就労は不可能になるでしょう。しかし、可能な限り続けて仕事をしようと思うのです。

 今、5月の連休を自宅で過ごしながら、今後の自分の生き方を考える時間が出来ました。ひょっとすれば、自分に残されている時間はそんなに多くないかもしれません。がんが、もっと自分の体の奥深くに広がり、自由な活動を妨げる可能性がある。でも、そのことを今心配しても何も始まらない。病気を公開することで、秘密にしておくストレスが解消され、他者に理解をしてもらいながら、自分もやりたい活動をすることが出来ると思っています。

 あ、それから、当然のことですが、お酒は飲まないようにしてます。今まで、1日間ビール1本程度ですが、夕食時に飲む生活でしたが、治療にそぐわないと聞いて自粛してます。飲みたくなる気持ちはあるのですが、今はそれを自制できている。今後も、当面は飲まない暮らしを続けます。ちょっと寂しいけど、それは慣れれば気にならないはず。自分の体のためですものね。

 13日の、経過受診日に、先日の入院時検体検査の結果が分かります。腫瘍と言っても、その病態がどの程度の属性があるか?により、今後の治療方法が決まるようです。薬も、今は飲んでいませんが、今後は服用を勧められる可能性がある。分からないことが沢山あるが、どのような治療を続けるのか?医師と相談しながら決めていきたいと考えています。

 私がこうして、がん患者となったことは、何ら不思議なことではなく、来るべくして来た病なんだと思います。その意味では、今後の推移を、しっかり見極め、自分の生き方をしたいと思う。

 それから、自分の病気を理解してくれる家族が自分に入るということ、それも大きなことです。自分が一人であったなら、実生活でも、精神的にも疲弊していたと思う。しかし、自分には病気を抱えた自分を見守る家族がいることで、支えられていると実感する。素直に、有難いと感じる。

がん患者の仲間入り。

ちょっと、個人的病状のお知らせです。

3月の末、初めての血尿が出て、医療機関で検査していただきました。その結果、膀胱内に腫瘍があることが分かり、来週入院して除去する手術を受けることになりました。今日は私の71歳の誕生日です。今まで、内臓的には特に疾患を認められることなく過ごしていたのですが、今回の入院手術により、がん患者の仲間入りをすることになりました。

 こうした疾患に、私がかかること自体は不思議はありません。人の死因ががんであることは、最も一般的な症例ですし、私もその仲間入りをすることに、不思議は無いのです。

しかし、自分が病人として、これからの人生を生きていかざるを得ないことに、「とうとう、来たか?」とたじろぐ自分がいます。まだ就労も続けたい。やりたいことが残っている。楽しみたいことも沢山ある。…そうした思いが、一杯湧き上がってきます。

 今日、こうして自分の病気を公言することにより、まずは、気持ちの上でストレスを持たないようにしようと思っています。そして、可能ならば、今続けている就労と生活を継続しようと望みます。

 今後、どのような症状と病状が待ち構えているのか?は分かりませんが、独り悩むのではなく、家族や知人たちと相談しながら、最良の自分らしい毎日を送っていきたいと念じております。

 おそらく、私の体の中に居るがんとは、長い付き合いになるでしょう。がんと、真正面から戦うというのではなく、上手く付き合っていこうと思うのです。ある時点では、不必要な治療を絶つ必要もあるでしょうし、その時その時の判断と選択肢を見極めて、生きていきます。

 こうして、自分が、がんになったことを公言することで、胸の奥につっかえている気持ちが、すっと楽になったように思います。秘密にしようとは思いません。・・・そうです、どこにでも起こっている事なのです。誰にでも起こることなのです。当事者になったことの自覚と、これからの毎日の生活を大切に生きていきたい、そんな風に思います。まずは、がん患者の、公言と宣言です。宜しくお願いします。