グッバイマイラブシスター

新聞記事より掲載


 朝日新聞夕刊に以下の記事が載っていました。読むものを感動させる物語だったので、ここに紹介してみたいと思います。
医師の住んでいた高知県では、順調に病院を経営し、老人ホームも手がけて忙しい毎日を送っていた。しかし、こうした医師としてのやりがいある仕事は長続きすることなく55歳で終止符を打つことになった。02年1月、レントゲンでとった自分の肺の画像を見て、医師は驚愕した。両肺は真っ白に写っており、既に手遅れのがん細胞が胸部を埋め尽くしていた。予想しない事実に、さすがの現役医師も意気消沈した。
「・・・何故、自分ががんに冒されることになったのか?」答えは出てこなかった、しかし、次の手を早急に打つ必要があった。
妻に告げた。「おれ、がんだわ。数週間くらいで死ぬことになるかもしれない?」その2日後、医師は自分の病院を閉めた。老人ホームも、人に頼み、一人東京の病院へ赴いた。それから1ヶ月、医師は、徹底的な投薬療法を受けた。その結果、当初のがん細胞の半分が消失した。
 一時的回復を得て、高知に帰ることができた。そこで彼は、残された期間に遣りたいことは何かを考える。
「自分の馬が、走る姿を毎日見たい」「競走馬を所有して、馬主になりたい」子供のように、その言葉を繰り返す彼の我侭を、家族は受け入れた。この年の5月に、彼は中央競馬デビュー寸前の牝馬を購入することに決めた。彼が名付けた名前、それは「グッバイマイライフ」あたかも自分の運命を託したような名前です。この名前を聞いて、妻の茂子さんは、「彼の人生を全て預けたような名前だ」と感じた。グッバイマイライフは、4走目に初めての勝利を勝ち取る。
 その時の写真が、新聞の下に写っている写真です。
医師の夢が適い、馬が勝利を勝ち取ったことは、彼には大きな自信をつけたようです。その後も、グッバイマイライフは競走に出るがなかなか勝つことが出来ない。とうとうその年の暮れには、故障して休養に入ることになる。一方、医師の病気は次の年5月に急速に悪化してきた。もはや余命が残り少ないことを悟り、医師は馬を預けている厩舎の調教師に毎日のように電話をする。
「馬を早くは知らせて欲しい。」「勝てなくてもいいから、走る姿が見たい」
しかし、馬の状態はまだ出走できるものではなかったので、調教師は迷った。声が出なくなりだした医師は、FAXでも同じような内容の依頼を掛けて来るようになった。とうとう厩舎の方が折れ、馬を出走させることになる。
 03年10月19日、医師と妻と長女は、競馬場ではなく自宅のテレビの前で、グッバイマイライフが走る姿を応援した。
彼女も良くがんばったが、結果は2着に終わった。後僅かのところで、勝つことが出来なかったことを医師は悔やんだ。しかし、馬の方は、精一杯走ったのだと言うことを馬主である彼も知っていた。そのレースが終わり数日後に容体が急変し、彼は息を引き取ることになる。
 彼の最期は、がんを知らされてからは、競馬に全ての夢を託していたような生き方だった。馬主としてデビューし、1頭の馬を所有し、勝利の甘い味を体験し、2頭目頭目の馬を所有する大きな夢へと想いを広げていた。彼にもう少し時間が残されていたら、もっと多くの喜びと興奮を自ら呼び込むことが可能であったろう。2頭目、3頭目と所有馬を増やすことも可能であった。・・・しかし、残念ながら、彼にはそんなに多くの時間が残っていなかった。夢の途中で、彼は天国に逝った。
 しかし、彼が残した牝馬が、繁殖牝馬として北海道の静内に暮らし、今年の4月に待望の女の子を産んだ。その母子の写真が上に載っている写真です。仲良く草をついばんでいる姿は、いかにものどかな牧場の光景ですが、再来年には、この子が順調に育てば、競走馬としてデビューすることになるでしょう。果たして、医師の想いを託されて、この牝馬サラブレッドとしてどんな成績を収めるのか?はたまたどんな馬に育つのか?夢は尽きない。妻の茂子さんが語っています。「夫の生きた証がずっと引きつがれる。夫の好きだった競馬で、馬の走る姿が見れることがやがて来る、そのことが楽しみなんです」と。競馬は、単なる賭け事だと断ずる人達が居ます。その言葉には、反対する気持ちはありません。しかし、競馬の背景には多くの人達の人生と、夢が託されていることも事実です。・・・サラブレッドは、長年人間が育て上げて、多くの想いを引き継ぎながら受け継がれていくものです。それが血統として引き継がれながら、いろんな性質の馬たちを生み育てている。尽きることの無い競馬の世界、血統の流れを夢想しつつ、馬たちが必死に走る姿を、多くの人々が楽しんでいるのです。馬たちの背景に何を見るのかはおのおのの人が自由に想像するものです。でも、高知県の1医師の話を読むと、彼ががんにかかって体験したことが、サラブレッドと言う形で今日も受け継がれていることを知らされます。
 グッバイマイラブの子供が、どんな牝馬となって走るのか?私も大いに楽しみにしたい。再来年には、彼女が競走馬としてデビューするはずですが、名前は「「グッバイマイラブシスター」でどうですか?