こんなこと、初めて会う人に頼むことじゃないんですが・・・

no-mu2008-04-18

環状線駅を降りて、地下鉄の渡り廊下を進む私に、待ち構えていたように若い女性が声をかけてきた。
まず、その子の顔色と目を観た。とても悪意があるようには見えず、本当に何かを訴えているように見える。彼女の眼が嘘じゃない真実味をはなっていることが判ったので、私は「どうされたのですか」と声をかけた。「実は、財布を取られて紛失し、地下鉄に乗るお金がないので貸してもらえませんか」と彼女が消え入るような声で話の趣旨を切り出した。

「一体、いくら居るんですか?」と問いかけると、「300円貸して欲しいです」と頼み込んできた。
「電話番号を教えて頂ければ、必ずお返ししますので」と彼女は続けた。
「・・・判りました、」と返事して、私は徐に財布を出し、千円札1枚を彼女に差し出した。「これで、安心して地下鉄に乗って下さい」「これは返さなくても良いので、気を付けて帰って下さい、でも、盗難については警察に届けておいた方が良いですよ。」とアドバイスをする。

でも、「借りたお金はお返ししたいです、電話番号を教えて下さい」こう言いながら若い女性は携帯電話を手元に握っている。
「いや、その必要はありません、気を付けて行って下さい」そう言い残して、私は歩き出した。
「有難う御座います」かすかな声が後ろから自分を見ているような気がしたが、私は後ろを振り返らずにどんどんわたり通路を職場の方向へ歩いて行った。

今日の朝のほんの3分間くらいの出来事ではあるが、私はなんだか嬉しくなった。理由は判らないが、本当に困っている彼女が、私の差し出した千円札により、その場の窮地が救われ、無事行き先へとたどり着くことが出来る…それだけでも心温まる小さな親切だろう。
私が声をかける初めての人だったのか?それとも何人かに断られた後なのか?
それは知る由もないが、判ることは彼女が今までそうした窮地に立たされたことはおそらくなかったことだろうと想像できる。・・・見ず知らずの男に数百円のお金を借りる行為は、普通若い女性なら恥ずかしくて出来ないことだろう。少々の我慢で済まされるものなら、おそらく彼女は私に頼みこむこともなかっただろうが、彼女には是が非でも行かなければならないところがあったのだろうと想像できる。だからこそ、勇気を振り絞ってお金を貸して欲しいと依頼をすることになったのだ。

もし、彼女の顔色に不純な要素が見られたら、おそらく私は要望通りにお金を差し出すこともなかったと思う。
でも、彼女の顔には、本当に困っている真実味があった、だからこそ気持ち良くお金を差し出すことが出来た。

私は、彼女の勇気に拍手を送りたい。自分が困った時、人はなかなか本心で自分の気持ちを伝えられないものです。

普通なら、人にお金を借りるくらいなら何時間かかっても歩いて帰る方がましだと考えるものだろうが、彼女はそうはしなかった。
半分は疑心暗鬼であったかも知れないが、財布を取られて困っている自分をさらけ出してお金を貸して欲しいと頼むことが出来た。
そしてその真剣な言葉が、私の心を動かしたのだ。

人を信じることとがどういうことなのか?
彼女は今日の些細なコミュニケーションにより学んだことだろう。

何時か、今度は彼女が予期せぬ時に知らない
人から意外な依頼を受けることがあるだろう。
その時、今日のことを思い出し、その人の為に自分がはたせる協力をするようになってくれたらと思うし、きっと彼女はそれをするだろう。自分が困った時に人に助けられた人は、必ず今度は人を助ける勇気を身に付けることになるから。

たかが千円の援助ではあるが、心温まる思いになったのは僕の方かもしれない。若い女性の為にお役に立てたことが、最大の誕生プレゼントになった。
「皆さん、世の中悪いことばかりじゃないんだよ」小さな、温かい話が沢山あるんですよ。