結婚記念日のこと

1975年2月、私たちは結婚した。・・・その日は小雪が舞う寒い真冬日でした。ジューンブライトと言われているように、普通2月の真冬に結婚式が行われることは少ないかもしれないが、私たちはそんな世間的な常識に関係なく、自分たちの都合で挙式したことを思い出す。
初めは、結婚をすることよりも、共に生活をすることで由と考えていたがやはり世間体や家族親族の体裁というものがある。そうした繋がりをすべて蔑ろにするわけにはいかなかったので、結婚という形式により両方の親方が安心するのならということで挙式を決断した。つまり、自分たちだけなら、結婚という形式は必要としなかった訳です。
挙式は簡素なものでした。市の結婚式場を探して¥1300円で式とお茶会の会場を借りた。参加してくれた両家の親族友人は、20人くらいだったかな?・・・両家の父母と兄弟、友人が参加してくれた温かい結婚式となった。
豪勢な料理もなく、ささやかな紅茶とサンドイッチのお祝い会だったが、参加者それぞれがスピーチや歌などを添え心温まるお祝いの宴となった。その時の参加者の写真をときどきながめる機会があるが、すでにお亡くなりになっている人たちも多い。久しく会っていない友人もいる。小さな子供だった甥達が既に結婚して家族を持っていることに時の流れの長きを実感する。私たち夫婦にも3人の子供たちが生まれ、育っている。・・・そして私の頭髪もいつの間にか頭頂に毛が無くなってしまっている?一体どこに忘れて行ったのか(@^^)/~~~
確か新婚旅行は、滋賀の比良山麓にあった父の山荘を2・3日借りた。その夜、ドカ雪が降って、足元まですっかり埋まりながら比良さんを二人で登って行ったことを覚えている。2日間は文字通り雪に埋まった二人だけの空間でした。30センチは積もっている山の中まで誰もやっては来ないし、昼間にやってきたのは山から食料を求めて降りてきた山猿たちと鳥たちぐらいなものでした。

つくづく思うのです。

お金をかけて、盛大に行われる結婚をしてもすぐに離婚をする事例をあげればきりがないでしょう。男女が結ばれていく過程は形式にあるのではなくその中身にあることは明らかです。近年煌びやか

な形に捉われて結ばれていく人間性というものが軽視されているのはわびしい限りです。
これからの若い人たちが、形式にとらわれることなく自由に結婚を考えて頂くことを期待したい。極言すれば、挙式に多大な費用をかけるくらいなら、結婚後の生活費用に必要な資金を回す方がよっぽど賢明ではないか?式場の業者だけが喜ぶ贅沢な宴は必要ないのではなかろうか。
あれから33年が経ち、これから訪れる熟成した人生の計画を、自分たちなりに納得のいく方向に向けていきたいと思います。