「僕が見てきた戦争と平和」長倉洋海著を読みましたか?

no-mu2008-09-29




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9月の20日、大阪にて長倉さんのトーク集会がありました。嫁さんに勧められて参加しましたが、飾らない人柄と、次から次へと出てくる体験談の広さに驚きました。

彼は現在自称写真家ですが、かってはフォトジャーナリスト、報道写真家などを経験しています。
フリーの活動で一番有名なのがアフガニスタンマスード司令官を18年間に渡って撮り続けた県県ですが、彼はカメラ一つを持ってアフガンの山奥にマスードと会いに行ったのが1983年だと言われています。
当たって砕けろの取材でマスードと直談判し、共に生活しながらの写真撮影を許可されたと言います。
それから100日間長倉さんはマスードとその護衛たちと共に寝食を過ごしながら人間マスードを取り続けます。
初めは怖々、シャッターを切る日々が続いたということですが、次第に彼の部下とも話が出来るようになり、人間である革命戦士を発見していきます。・・・何時ソ連軍が攻めて来るか分からない状況の中で、笑い歌を歌い神に祈る戦士たちの生活を共にしながら、しだいに報道されたことのない、イスラム革命戦士たちの生きる姿を実感するようになって行った体験が効果的に写真を紹介しながら話されました。

マスードの取材はその後何度も行われ、18年後の2001年、同時多発テロが起こされる二日前、9月9日にマスードは対立しているゲリラ組織から遣わされた自爆テロの犠牲になり命を落としました。
・・・長倉さんのその時の驚きは言葉に尽くせないものがあったようです。日本に居て報道で知った彼は、初めはそのニュースが信じられず、何日もあらゆる取材網を調べながら事実関係を確かめていたそうです。そしてそういう検索の最中同時多発テロの、信じられないような報道を目の当たりにしました。

でも、彼の体験は、そうした戦争取材を目的にした写真撮影を目指すものから、しだいに人間を取る魅力を知り深めていくようになります。
もちろん、人が多数集まったり、大きな事件を取材することも多々あるようですが、貧しいスラム街の子供たちや老人、笑顔が豊かな人々の表情の中に、本当の写真の素晴らしさを見出すようになります。
この長倉さんの中の変化は、危険を起こして世界の国々を旅する中からしだいに身に付けてきたことです。

ある時は、自分が乗る戦闘取材の飛行機が一杯になり、やむなく次の飛行機にて出発するのですが、後から連絡が入り、先発の飛行機が爆発により撃墜され乗組員が全員死亡したことを知って愕然とした経験があるとのことです。自分が生きていることの不思議さ、命があることの実感をその時言葉に云えない体験として身にしみていると書いています。

また、左翼ゲリラを取材しようとして、森の中をさまよい、夜間に農家を発見し見ず知らずのカメラを持った自分に部屋の片隅のベットを与え、温かいミルクを差し出してくれた貧しい農民の話も書かれていました。

こうしたいろんな人との出会いと体験が、長倉さんを次第に大きな人間へと高めていったのではないでしょうか?

彼は、今年写真を取り出して30年と言われていました。まだまだ、知らないことが多いし、シルクロードなどもっと取材したいところが沢山あることを語られていた。

こうした彼の体験談は、ともすれば自分の小さな生活の中でちぢこまってしまいそうになる自分を、もう一度広く見直す良いきっかけを与えてくれていると考えるのです。

ぜひ、みなさんも、彼の写真集や本を開いてほしいと思う。

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