お粗末。JR西の職員が事故車両に二人乗っていたが、何をしたのか?・・・

何と、事故を起こした車内に、二人のJR西の乗務員が乗り込んでいたが、彼らに怪我は無かった。そして、驚くことに、乗客の救出にはそっぽを向いて、自分の職場へ戻って、普段どうりの仕事に付いていた事が分かった。この事の報告についても、事故が起こってから8日目に報告され、それぞれの職場の上司も、彼らの行動に就いて、何の指示も出さなかったらしい。事故車に乗っていて、乗客の救出をしない、という教育をしているのは誰なのか?人は如何でも良い、自分の仕事をするだけが肝心な事と思う、そんな人間を育てているJR西の体質は腐っているのではないか?



誰が考えても、この二人の乗務員の行動は可笑しいし、人の道に外れている。



事故当時、一般の市民が、自分の仕事や、用事を放り出して、怪我人や、社内に取り残されている人々の必死の救出をしている時にである。若し、彼らは、自分の子供や、家族が車内に取り残されていても、仕事のためと云う理由で、救出をほったらかして行くのか?ちょっと考えただけでも、自分達がとった行動が、如何に人の道からはみ出た誤りである事が分かろうというもの。



今回、JR当局は、この二人の処分も検討していると、報道されているが、そんな事は馬鹿げている。処分されなければならないのは、JR当局自身ではないのか?



職員の意識を、此れほどまでに、普通の人間としての感覚をそぎ取り続けて、まともな人としての感覚を無き者にしてしまっている責任を感ずるべきであると思う。そんなにも、時間を厳守したり、輸送量を増やすことにあくせくするあまり、肝心の、人間としての一番大切な意識を無くしてしまっている実態があると思う。ここまで、職員を追い込んでいる、JR西の実態こそ、一度解体して作りなおしてもらわねばならない。

高見運転手が、自分の失敗に目がくらみ、ひたすらスピードを上げて、今回の事故に繋がる危険な運転を実行した事と通じる行き方が、今回の二人の行動に見られる。



この人命尊重の精神を曖昧にしては、叉、大事故が再発する危険性すらあると云えます。



この際、中途半端な改善ではなく、根本的なJR西の改革を進めるために、市民参加の事故対策・安全委員会の設置を提案したいと思います。

多数の、市民の目で監視しながら、人的輸送の安全対策を講ずるよう見守ってゆくべきと思います。

犠牲になった人々の声は、時間の経過に連れて薄れてゆくものです。しかし、安全対策の提言は、緩めること無く、それが完全に実現されるまで継続して、JR西に対して厳しく突きつける必要があります。