「心病む母が残してくれたもの」を読んで

この本は、職場のスタッフが「一度読んでみたら良いよ。とっても面白いので、あっという間に読めるよ」と言ってくれたのを受けて、読み始めました。・・・「精神科医の回復への道のり」 とあるから、きっと自分の人生を振り返って書かれたものなのだと推測し、興味を持ちました。
勧めてくれたスタッフは、ラジオ深夜便で作者の夏苅さんの話を聞いたようですが、私は未だ彼女のことを全く知りませんでした。
 読み始めて、確かに体験記なので肩がこらない文章と感じ、気軽に読めたのが有難かった。通勤の行き帰りにも読みましたが、すぐには読破出来ませんでした。それは、書かれてある題材がある意味深刻な家庭崩壊の物語が描かれてあったからです。途中で何度もため息が出ましたし、考え込みもしました。一気に最後まで読み進むより、少しずつ味わいながら読んでみたかったのです。
 子供の時から、統合失調症を患う母と暮らし、その病名すら分からず知らされず、ただそうした苦しみと不安が漂う家族に翻弄されながら育ってきた人生というものが、精神科医となってからも重いカーテンとして夏苅さんを悩ませました。
 でも、2回の自殺未遂を経て、彼女は中村ユキさんという漫画家と出会います。その出会いの中で初めて人生の転換をなしえたのです。
 夏苅さんにとっての転換軸は、「病気の母親」のことを隠さずに話しても良いんだという確信」が彼女の生き方として表明することが出来たということです。それまでの30年近い人生は、ただ母親の疎ましい過去を黙って自分の心の奥底に仕舞い込む事しか出来ず、時に湧き上がる不安が自分の希望を押しつぶそうとしていたわけです。

 ところが、中村さんの漫画を通して、統合失調症は話すことで共通の問題として考え合うことが出来ることが分かり、抱えていた不安が消失していったのです。生き方が変われば彼女の風貌も変化し、精神科医として忙しい毎日を精力的に過ごす生き方が出来るようになったとのことです。

 もちろん、お母さんとも10年間の断絶を説いて再開することも出来たし、結婚して出来た子供を見せにも行かれた。しかし、孫を見る母の様子は普通の人のそれとは異なり、「私には仕事があるから、しょっちゅう来られても困る。孫の世話は出来ないからやめとくれ。」という応対だったので、夏苅さんをがっかりさせました。通常喜んでくれるはずの帰郷が、病気の母にとってはありがた迷惑な訪問としか受け取れなかったということです。・・・こうした母親の孫に対する対応を、別の角度で、母親として自立して生きている姿、子供たちやその子供の暮らしや人生に依存しない生き方、として認めることは、当時の夏苅さんには出来なかったそうです。
しかし、母親が亡くなって、その生き方の激しさと悲しさを客観視できた時、夏苅さんにとっては別の角度から一人の患者としての人生を見ることが出来るようになった。
 こうして、夏苅さんは病気の母親の呪縛から解放されていった。
あまりにも重い、母親の存在。これは当事者しか分からない苦しみでもあった。しかし、この本を読むことで、彼女が悩んだことや苦しんだこと、彼女がきづいた数々の思いを共感して読むことが出来る。

 難しい哲学的な内容は書かれていないが、彼女が医者として自分の家族の体験がいかに貴重な「研究課題」となったのかを、書いてくれた。
この本を読んだ多くの人が、統合失調症の病気が何をもたらすのか?について学ぶ機会が得られる。是非一読して頂きたい本です。

 患者を抱える多くの人達、その家族の思いについて、この本はストレートに読むものに訴える内容が隠されている。
 支援の立場にある人にも、ぜひ読んでいただきたい本です。
著者:夏苅郁子
著作名:「心病む母が残してくれたもの」精神科医の回復への道のり
出版社:日本評論社
↓ここでは、夏苅さんの生の声で、この本の内容を紹介されています。

http://jpop-voice.jp/schizophrenia/s/1203/01.html#