利用者と家族の狭間の中にあって・・・

no-mu2008-12-14

ケアマネジャーの仕事をしていると、利用者と家族の意見や考え方が異なり、その違いをどう調整するのか頭を痛める場面にたた遭遇します。
これから紹介するケースでも、そうした思いの違いに直面して四苦八苦をしているのですが、どこまでいっても結論(答えがない)に行き着くことはありません。

たとえば数学の問題ならば、必ず一つや複数の答案がある筈です。いろんな試行を重ねて早くその答えを見つければ、一見落着となるのです。
しかし介護の場合、こうした答えはないわけです。
利用者の思いと家族の思いは、利害が重なる部分では問題ないとしても重ならない部分において、お互いが相手の思いや考え方を尊重する以外に方法はないでしょう。
だから、家族さんと利用者さんが常に意見交換してお互いの思いを共感できる関係にある時は、大きな問題やトラブルにはならない。
しかし、お互いが自分の思いを譲らずに相手に押し付け合うことになると、どうにもこうにも調整が利かないことになります。

Kさんの場合は、脳梗塞による片まひになられて奥さんが居られない関係から一旦老健施設の方に入所されていたんです。
しかし、ご自身の強い要望で自宅に戻られることになり、ケアマネの担当を依頼されました。
障がいを持たれている関係から介護サービスとしては訪問系のサービス(ヘルパー、リハビリ、歯科)を使われ、通所系のディサービスと、ショートステイによる毎月一定のお泊まりも利用されています。
認知等は見られないので、ご自身は自宅でゆっくり過ごすことが希望ですが、家族としては毎月1週間から10日程度のショート利用により介護負担の軽減を希望されます。
定例訪問時に、次月の居宅サービス利用票の原案を作成する関係上毎月どれくらいのショートを入れるのかで話し合いをするのですが、この調整が難しいのです。
家族さんは、なるべく多めにショート予約を取ってほしいと懇願され、利用者は出来るだけ短めにしたいと主張される。
・・・先日も、お正月を挟んで多めにショート予約を取って利用者に提案したのですが、利用者さんは「長すぎる」「正月は家で過ごしたい」と要望されました。
双方の意見を聞きながら、何とか調整をして予定を決めようとするのですが、話をしていてもどちらも譲らないから結論が出ない。

・・・こうした場面で困るのは、一度訪問して課題が残ってしまうと再び訪問予定を作って意見調整するスケジュールを作らねばならないこととなります。
私たちケアマネは何十人かの担当者を持っており、一人の利用者とこうした足踏みをしてしまうと何度も結論を出すために面談や電話連絡をしなければならなくなるわけです。
利用者と家族双方の意見を述べてもらうこと、時には激しい感情的な議論をして頂く事は時には必要な場面もあります。しかし、いつもいつも喧嘩になりかねないような意見の対立ばかりを起こしてしまうと、肝心な信頼関係が拗れてしまい、ひいては在宅生活そのものの基盤が崩れてしまうことになりかねません。いったん崩れるようなことになればその修復に多大な労力をかけねばならなくなりそうしたトラブルは出来るだけ避けたいのは言うまでもありません。

ですから、こうした意見の対立の中でどこで仲裁の提案をしていき、どういった妥協案を双方に納得して頂くのか?ここにケアマネとしての能力が問われるポイントがあるのです。

力関係として、家族さんの方に力が強い場合では、ケアマネとしては出来るだけ利用者サイドの意見調整に努力します。
逆であれば、家族さんの意向が反映されるように調整したいと考えます。・・・こうして、家族と利用者が出来るだけ長い期間居宅での介護を続けて暮らしていけるようにして頂くこと、これが私たち支援者の命題だと思う。
利用者や家族からある程度信頼されてくると、調整役としての意見を提起すると大体受け入れて頂けるようになります。しかし信頼関係が薄い場合には、安易な調整をすることにより利用者家族双方から不信感をこうむることにつながりかねません。

Kさんのケースでは、双方の意見を出して頂き、お互いの意向を考えながら一つの妥協点としてショートステイの日程調整を続けてきた関係上、おそらく今回も双方の意向を悼み分けるような形で予定を策定することになると思います。・・・お正月は家にいたいという利用者の希望は、今回はかなえる事は出来ませんが、その分短めのショートステイとすることで何とか同意を頂けることとなりそうです。

家族であれば、いろんなわがままが出てくるわけですが施設の中では我慢しなければならないことも多々あるのです。やはり家に居る時の安心感を考えれば、お正月などは出来るだけ家族と過ごしたいという利用者の思いは最大限尊重して欲しいと思う。
家族や身寄りのない方にとっては、自分で生活が成り立たなくなれば施設での生活はやむを得ない選択となるでしょうが、今ある社会の社会資源をどれだけ豊かなものにしていくのか?が国民一人一人に問われている課題であることは確かです。
どういった人達と老後を送っていきたいのか?その選択肢は増えることが望ましいでしょう。しかし、前提となる家族の介護力が揺らいでいる今日自分がどういう支え合いの中で暮らしていきたいか?其の為にどれだけ豊かな関係を日々築いていくのか?
このテーマは、一人一人が普段の生活の積み重ねの中から養っていかねばならないことではないか?と痛感します。・・・介護が必要となって慌てて自分の身の回りの世話をしてくれる人達を求めても、残念ながら現在の制度では十分満足のいく施設や在宅の人的資源は用意されていないことを誰もがもっと自分の問題として考えて欲しい。

公園に舞い落ちている銀杏の落ち葉が何処までも続いていました

冬空が樹の合間から見てています。

高層ビルの横から、冬雲が見えています

雲の落書きが大好きです。